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将棋先生の「盤上・盤外」この一手

湯の町別府の将棋教室から考察した社会をつづります

第6章 蘇我氏の時代 (3)「馬子という名前の秘密(2)」

歴史

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第6章 蘇我氏の時代 (3)「馬子という名前の秘密(2)」
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これまでの記事は下記です。

einosuke47.hatenablog.com

それでは、はじめます。

 

何となく悪役のイメージがある蘇我馬子さん。
しかし、彼は仏教を日本に根付かせた立て役者であった。

前回、僕は「馬子」という名前から、歴史の動きを推理してみた。
今回は馬子さんの後を継いだ息子さんの名前から、迫ってみたい。

馬子さんの息子さんは「えみし」という名前だった。
漢字だと「蝦夷」って書く。
当時、この「蝦夷」ってのは、大王に従わずに北日本に住む野蛮(あくまでも大王側から見て)な人々を指す言葉だった。
もちろん、当時の馬子さんにとっても「蝦夷」は敵だ。

ずっと後の世に幕府を開いた源頼朝徳川家康などの将軍は「征夷大将軍」、つまり、蝦夷を征伐する将軍という位だもんね。
それほど「蝦夷」ってのは、悪者のイメージがある言葉だったんだ。

ってことは・・・。
馬子さんは自分の息子に「野蛮な敵」って名前を付けたことになる。
そんなことってあるだろうか・・・?
馬子さんは時の最高権力者、大臣(おおおみ)だ。
しかも、仏教を厚く信仰する人物。

僕には、どうも、納得できない。

親という者は、何らかの願いを込めて、子どもに名を付けるものだと思う。
それが、「野蛮な敵」って名前をつけるだろうか・・。

これって、源頼朝さんが息子に「清盛」って名前をつけるようなもの・・。
絶対、ありえないよね。

さらに調べてみると、蝦夷さんの子ども、つまり、馬子さんの孫は「入鹿(いるか)」さんだ。

今でこそ、「いるか」ってのはかわいい響きがあるし、実際に「イルカ」という芸名を持ち、「なごり雪」や「サラダの国から来た娘」という素敵な歌を聴かせてくれる歌手だっている。
ちなみに、僕は2曲ともギターで弾けるし、歌も歌える。

しかし、「野蛮な敵」の息子が「いるか」ってのも、どうにも妙な感じがする。
それに、馬子と入鹿のセットで考えると「馬と鹿」、つまり「馬鹿(ばか)」だもん。

蘇我本家の3代は「野蛮な敵」と「馬鹿」って名前になっちゃうんだ。

これ、あまりにも、ひどすぎないだろうか。

蝦夷(えみし)や入鹿(いるか)ってのは、本当の名前なのだろうか・・?

たしかに歴史にはその名が残されている。
けれど、歴史に残された名前が、本名だとは限らない。

例えば、大リーグの名門チーム「ヤンキース」。
西暦2003年、元巨人の松井選手が入団したチームだよね。
そこの歴史的スーパープレイヤーに、「ベーブ・ルース」って選手がいる。
野球に興味がある人なら1度は耳にしたことがあるんじゃないかなあ・・。
伝説となった予告ホームランの「ベーブ・ルース」さんです。

あの人だって、本当は「ベーブ・ルース」って名前じゃない。
本名は「ジョージ・ルース」なんだ。

「ベーブ」ってのは「ベイビー」つまり「赤ん坊」という意味のニックネームだ。
大人になってからも、あまりにも幼い行動が目立ったので「赤ん坊のルース」って呼ばれていたんだね。
それが、歴史に残ってしまった。

そうそう、あのソ連の「スターリン」だって、本名じゃない。
もう一つ言えば、蘇我氏が絶頂期にあったころの中国、「隋」の皇帝は「煬帝(ようだい)」という名前で歴史に残っているが、これ
だって本名じゃない。後の世の歴史家がつけた
名前で「天に逆らい人民を苦しめる暴君」という意味だ。

ひょっとすると「蝦夷」や「入鹿」って名前も、後の世の歴史家が作った名前なのかも知れない。

では、その名前が残されている「日本書記」は誰が書かせたのか・・。
これは、もともとは天武(てんむ)天皇が作ろうと発案し、藤原氏が押し進めた物。

この天武天皇は、「入鹿」さんを暗殺し「蝦夷」さんを自害させた天智(てんち)天皇の弟だ。藤原氏もその暗殺の中心になった一族。
つまり、蘇我本家を滅ぼした側が書いたものだ。

「なるほど・・・。だから、『野蛮な敵』なんて名前で歴史に残されたのね。」
と納得してくれたのは、僕のかみさんだ。

さらに・・・。
さらに日本書記を見てみると・・・。
他にも、ご夫婦そろっての、ちょっとへんてこだなって僕が感じる名前がでてくる。

夫は「馬小屋」、妻は「貝とタコ」・・・。
どうです?ちょっと違和感がないですか?

実は、これ、あの「聖徳太子」ご夫妻なのです。
日本書記には「聖徳太子」は「うまやど(馬小屋の意味)皇子」と記され、奥さんは「貝蛸皇女」と記されている。

馬子、そして「野蛮な敵」「いるか」「馬小屋」「貝と蛸」・・・。
僕は、この妙な名前のつながりにこそ、かくされた歴史の謎がありそうだと思う。

(つづく)