将棋先生の「盤上・盤外」この一手

湯の町別府の将棋教室から考察した社会をつづります

「泣き虫しょったんの奇跡」を観た。その2「松田龍平の眼」

泣き虫しょったんの奇跡』を観た。

その1「オープニング」は 

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今回はその2.「松田龍平」の眼だ。

 

 

【2】「松田龍平の眼」

すべてのプロ棋士は先を読む天才である。

ここで、先を読むという行為を再確認しておきたい。実のところ、棋士のそれは極めて悲観的なベースを持っている。ある局面で「これは良さそうだ」という手を思いついたとしよう。もちろん相手がどう応じてくるかは、わからない。しかし、いや、だから、読む。こう応じられたら、どうだろう、自分は窮地に陥らないか? この局面は、相手が創り出した罠ではないのか? すでに地雷を踏んでいるのではないか? 悲観がベースになければ、読むという行為が勝利に結びつかない。だからこそ、もっと先を読む。深く読む。だが、最終的な確信に至ることは、まず、ない。確信のないところに、なかば強引に自信を添える。「きっと大丈夫なはずだ」・・。そうやって決断する。

一方で楽観をベースに人生の先を読んだ者だけが、プロ棋士になりえるというパラドックスもある。そうでなければ奨励会という生き馬の目を抜く世界に自らを投じることができない。脱落すれば、今までの自分を否定しかねない世界なのだ。プロ棋士になりたいという情熱は、彼らの類まれなる才能、悲観をベースとした先読みをも一蹴する。これは本作のテーマの一つとなっている。瀬川も同様だ。プロになりたい。きっとなれる。その姿を極めて楽観的に捉えて続けている。しかし、表層に過ぎぬその楽観は、深層という悲観から常にえぐられ続けてもいたのだ。

瀬川は、もらす。
「負けた時は一人でいたくないんですよね」
 
僕がプロ棋士に魅了されるのは、このパラドックスを抱えながら戦う姿に、羨望という感動を覚えるからだ。
いくら人工知能がプロを破ろうとも、この思いは微動だにしない。

さて、瀬川を演じた松田である。監督の豊田は、松田の眼に期待したはずだ。それは、アップシーンの多さから伝わってくる。そして、松田はみごとに演じきっている。瀬川の表層と深層のゆらぎを、その眼に、圧倒的なモノクロ感で宿らせている。僕は、松田の眼によって瀬川へといざなわれた。きっとあの頃の瀬川も同じ眼をしていたに違いない。松田の眼が、瀬川をより深く、僕に知らしめてくれる。次第に松田と瀬川の境界が曖昧になってくる。そして、僕は、松田の眼の奥に吸い寄せられる。ふと気づくと、僕は、瀬川が通った将棋センターで瀬川の横に座っていた。そして、奨励会でも、銭湯でも。カラオケでも「それが一番大事」を豊川と歌っていた。松田、おそるべき役者である。

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資料

泣き虫しょったんの奇跡』(なきむししょったんのきせき)は、将棋棋士瀬川晶司の自伝的ノンフィクション小説.
2018年、映像化された。
年齢制限で奨励会を退会後、諦めきれず脱サラし異例のプロ編入試験に挑むまでの実話だ。
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監督    豊田利晃
脚本    豊田利晃
原作    瀬川晶司
製作    森恭一(企画・プロデュース)
大瀧亮
行実良
平部隆明
製作総指揮    青木竹彦
岡本東郎
出演者    松田龍平
野田洋次郎
永山絢斗
染谷将太
渋川清彦
駒木根隆介
新井浩文
早乙女太一
妻夫木聡
上白石萌音
石橋静河
板尾創路
藤原竜也
大西信満
奥野瑛太
遠藤雄弥
山本亨
桂三度
三浦誠己
渡辺哲
松たか子
美保純
イッセー尾形
小林薫
國村隼
音楽    照井利幸
撮影    笠松則通
編集    村上雅樹
制作会社    ホリプロ
エフ・プロジェクト
製作会社    「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会
配給    東京テアトル
公開    日本の旗2018年9月7日

上映時間    127分